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黒澤監督 

 黒澤明監督といえば、日本を代表する映画監督。
今なお世界中の映画監督に尊敬され、影響を与え続け、世界で一番有名な日本人にもなった方です。
 初めて見た黒澤作品は「七人の侍」。あまりの衝撃にTVの前から動けなくなりました。

 でも、これほど有名な監督を、映画少年になりたての当時、ほとんど知りませんでした。
 なぜなら当時、映画をほとんど撮っていなかったからです。

 黒澤監督は1966年、ハリウッドでの映画製作でトラブルに見舞われてから4年間、全く映画が撮れず、70年に自宅を抵当に入れ資金を調達し、ようやく「どですかでん」を撮ります。
 ところが娯楽要素より芸術性を前面に出した作品だったため、興行的に失敗。監督は失意の中、自殺未遂をしてしまいます。
 
 このあと映画が撮れるのが5年後の1975年。
 当時、冷戦時代だった頃、監督にお金を出したのはなんと敵国だったソ連でした。
 監督の才能を地に埋もれさせていた日本を見かねたのです。
 「デルス・ウザ-ラ」
 この作品はアカデミ-賞外国語映画賞を受賞します。

 自分が黒澤監督を知るのは、この5年後の1980年の「影武者」を発表した頃です。
 この「影武者」も資金不足になったのですが、黒澤監督を尊敬するジョ-ジル-カス監督(スタ-ウォ-ズ)とコッポラ監督(ゴッドファ-ザ-)が協力してくれたのです。
 「影武者」はカンヌでグランプリを受賞します。

 そしてまた5年の月日が流れ、念願だった「乱」が完成。
 さすがに今度は日本が全額を出した!とはいかず、今度はフランスが援助してくれたのです。

 このあと日本が資金を出すのは「八月の狂想曲」(1991)「まあだだよ」(1993)を待つことになります。

 で、なぜ黒澤監督の話を思い出したかというと、某○○hooでの「アリエッティ」の評価を読んだからです。
 今でもよく覚えてるのですが、「影武者」や「乱」が公開された直後の世間の反応はこんな感じでした。

   「みんなは『七人の侍』を期待してるのに!これは『七人の侍』ではない!」
  「意味がわからない」
  「監督は才能が枯渇した!」


 この反応は「まあだだよ」が公開されても延々と繰り返され続けました。

 「もののけ姫」の公開当時の評判も良く覚えてます。
 「みんなは『ラピュタ』を期待してるのに、これは『ラピュタ』ではない!」
 「意味がわからない」
 「監督は才能は枯渇した!」


 「千と千尋の神隠し」も、公開当時同じようなことが言われました。Yha○○の映画評にも今なお残ってます。

 そこで、10代、20代の若い人たちに社会学として憶えておいて欲しいことがあります。

 この3つの批判は乗らないのが花です。

 後ろで様子を見ているのが得策です。
 「わからない」ことの結果は予測できないからです。

 天才のやることがわかり易いとは限りません。
 むしろ分からないことを発見したり、表現したりするのが天才です。


つい今しがた気づいた追記。アリエッティのネタバレ注意 


 まさかとは思うけど、アリエッティの出だしが「僕はあの年の夏、母の育った古い屋敷で1週間だけ過ごした。」なのは、「ショウの手術は成功してます。」ってことを表してるのか?
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[2010/08/06 11:29] 中学生からの暗黒社会学 | トラックバック(-) | コメント(-)



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