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墨坪君のマンガ道その4 

 墨坪君はデビュ?を目指し、今日も担当編集にネ?ムを出します。
 そしていいとこまで行くのですが、掲載にはいたりません。
 墨坪君「この話もダメか。面白くないのかな?もっと誰も読んだことのないような設定や話を考えなくてはいけないのかな?」途方にくれるばかりです。

 話は横道にそれるのですが、私は作画中、有線放送で落語を聞いています。
そこで流れる落語は歴史の残る大名人の語るものが多いのですが、月替わりのコ?ナ?で東京の新人落語家さんの噺が流されることがあるのです。
 まあ、大名人と比べるのはさすがにかわいそうですが、やはり聞いていて不安になるし、噺の世界に入り込めないところも多々あります。おまけに無理に笑わせようといらない事をしてくるし。
 最初はこのコ?ナ?が始まるとイライラしたのですが、最近はなぜか楽しくなってきました。ちょっと寄席に行きたくなっています。
 まあそれはともかく、何が言いたいのかというと古典落語の場合大名人も新人の子も話している落語の内容はまったく同じだということです。
 基本に忠実な新人の子は師匠とまったく同じタイミングで話そうとさえします。
 でも、面白さには明らかな差があるのです。
 それはもう「語り方の差」というしかありません。
 つまり、面白さの差は話の内容だけでは決まらないということなのです。

 墨坪君は「話が面白くないから掲載されないのだ」と考えました。
 でも果たして本当にそうなのでしょうか?
 更に凝った設定や話を考えるよりも、もっと先に修正する場所があるのかもしれません。

 続くかな?
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[2010/05/16 21:22] 墨坪君のマンガ道 | トラックバック(-) | コメント(-)



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