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中二病 

 「中二病」と言う言葉を聞いたのは覚えてる限り、伊集院光のラジオでした。
 自意識や自己主張の表現が、思春期に他者との距離感がつかめず、ちょいと珍妙になってしまう状態を表した言葉だったと思います。
 ラジオのコーナーで変に大人ぶったり、正義を訴えたりする言動の、幼さゆえの珍行動を紹介していたと記憶しています。

 で、伊集院氏はラジオの中で、インターネットで乱発される「中二病」について「もう僕の作った時の意味と違うから言葉自体に興味無いです。」と語っています。

 では本来、「中二病」とはどんな状態を指すのか?

 よくネットでは「自分の理想を語る」、「議論に熱くなる」、「自分の考えを論じる」、「沢山の人が信じていることとは真逆の考えを言う。」「その場の空気で言わないようにしてることを言う」などの言動に対し、嘲るように使うのが通例です。

 ではここで疑問です。
 キング牧師、ガンジー、マンデラ大統領、ジョンレノン、北野たけし、立川談志、オリバーストーン、モンティパイソン(敬称略)などなど、多くの表現者は上に挙げた「中二病」といわれる言動をとってきた人だと思います。

 なぜ「中二病」と言われないのでしょう?



 ここで仮の話を始めます。

 もし仮に、 「中二病」とは訴えているその内容より、その表現方法や、立ち居地に原因があるとしたら?

 例えば「愛」でも「友情」でも「正義」でも、他者に受け入れてもらえる表現方法や地位を持っている人が訴えるなら「中二病」とは言われず、意見芸術作品となる。

 逆に言えば表現方法が確立していない、もしくはその地位にいない限り「中二病」扱いされると言うことです。

 では、その表現方法や地位を確立するにはどうすればいいか?

 順当に考えるなら「中二病」にかかって他者に自分の意見を「かっこ悪くても」訴え、相手との距離感を測りながら表現方法を訓練し続け、間合いを体得し、世間に認められるのを待ち、地位を確立するしかありません。

 もしこの「仮の話」が正しいなら「中二病」は罹ると恥ずかしいものではなく、若いときにさっさと罹っておくべきものということになります。

 十代の頃に他者との距離感が図れず、稚拙な表現で自分の意見を訴えて珍妙な行為をやらかしても、人は許してくれます。 
 そんなことは普通だから。


 もしこれを「中二病カッコワリー!!WWW」とやらかして、避け続けたらどうなるか?
 これは想像にお任せします。

 あくまで仮の話です。

 ここで「作品」を作って生きたいという十代の方にオススメです。

 「中二病」はきちんと十代のうちに罹って、耐性を獲得しておきましょう。 
 

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[2011/03/10 14:43] 中学生からの暗黒社会学 | トラックバック(-) | コメント(-)


大人の事情 

 作画終わりー。
 新しく入ってくれた平成生まれの女の子が、ものすごくテキパキと通信をこなしてくれて本当に助かった。



 さて、社会人になり大きな組織の一員になるとよく「大人の事情」というセリフを聞かされることになります。

 「この映画にこの大金?回収できるんですか?」
 
 「えー!この飽和状態のときにオタク市場に参入?採算取れるんですか?」

 「漫画規制って!対外的にもソフト産業を育てなきゃいけないときにに?」

 「その企画??市場調査ちゃんとやったの?経済誌とか総研のレポートそのまま信じてるわけじゃないですよねえ!!」
 
 「そんな農業政策やったら崩壊しますよ」

 「コンクリート行政と天下り天国で財政赤字をアホみたいに膨らませたのは自民党だけど、『今の財政赤字はは民主党の責任』て報道するんですか?」
 
こんなときに使われます。

 「まぁ、いろいろとあるんだよ。大人の事情が」

 この「大人の事情」とは要約するとこういうことです。

 この決定は組織の決定機関が決めたことで、それが現実へ対応に問題があろうと覆らない。その問題が組織全体の崩壊につながろうとである。
 この組織はその決定を修正する力を持たない。
 そして実際に問題が起きたところで責任の所在はない。


 これを「大人の事情」という大変わかりづらい言葉に代えてるわけです。
 そこでもっとわかり易い言葉に代えることを提唱する。

 子供の事情 

 こうしたいからこうしたいんだい!もんくいうやつはゆるさないぞ!!でもあとはしらないよー!!

 ほら!わかりやすくなった!!

 今まで崩壊してきた組織はおおむねこの「子供の事情」が積み上げられてきた結果ではないだろうか。

 そこで第2の提案。
 大手企業の社員に「あなたの会社、大人の事情が多いですか?」とアンケートしてみるのはどうだろう。
 その企業組織の「大人力」を計るのである。

 その組織の将来性が反映されるデータが取れるのではないでしょうか?

 どこかの経済学部の学生さんあたりがシャレで卒論でやらないかなー。
 


[2011/01/28 15:51] 中学生からの暗黒社会学 | トラックバック(-) | コメント(-)


黒澤監督 

 黒澤明監督といえば、日本を代表する映画監督。
今なお世界中の映画監督に尊敬され、影響を与え続け、世界で一番有名な日本人にもなった方です。
 初めて見た黒澤作品は「七人の侍」。あまりの衝撃にTVの前から動けなくなりました。

 でも、これほど有名な監督を、映画少年になりたての当時、ほとんど知りませんでした。
 なぜなら当時、映画をほとんど撮っていなかったからです。

 黒澤監督は1966年、ハリウッドでの映画製作でトラブルに見舞われてから4年間、全く映画が撮れず、70年に自宅を抵当に入れ資金を調達し、ようやく「どですかでん」を撮ります。
 ところが娯楽要素より芸術性を前面に出した作品だったため、興行的に失敗。監督は失意の中、自殺未遂をしてしまいます。
 
 このあと映画が撮れるのが5年後の1975年。
 当時、冷戦時代だった頃、監督にお金を出したのはなんと敵国だったソ連でした。
 監督の才能を地に埋もれさせていた日本を見かねたのです。
 「デルス・ウザ-ラ」
 この作品はアカデミ-賞外国語映画賞を受賞します。

 自分が黒澤監督を知るのは、この5年後の1980年の「影武者」を発表した頃です。
 この「影武者」も資金不足になったのですが、黒澤監督を尊敬するジョ-ジル-カス監督(スタ-ウォ-ズ)とコッポラ監督(ゴッドファ-ザ-)が協力してくれたのです。
 「影武者」はカンヌでグランプリを受賞します。

 そしてまた5年の月日が流れ、念願だった「乱」が完成。
 さすがに今度は日本が全額を出した!とはいかず、今度はフランスが援助してくれたのです。

 このあと日本が資金を出すのは「八月の狂想曲」(1991)「まあだだよ」(1993)を待つことになります。

 で、なぜ黒澤監督の話を思い出したかというと、某○○hooでの「アリエッティ」の評価を読んだからです。
 今でもよく覚えてるのですが、「影武者」や「乱」が公開された直後の世間の反応はこんな感じでした。

   「みんなは『七人の侍』を期待してるのに!これは『七人の侍』ではない!」
  「意味がわからない」
  「監督は才能が枯渇した!」


 この反応は「まあだだよ」が公開されても延々と繰り返され続けました。

 「もののけ姫」の公開当時の評判も良く覚えてます。
 「みんなは『ラピュタ』を期待してるのに、これは『ラピュタ』ではない!」
 「意味がわからない」
 「監督は才能は枯渇した!」


 「千と千尋の神隠し」も、公開当時同じようなことが言われました。Yha○○の映画評にも今なお残ってます。

 そこで、10代、20代の若い人たちに社会学として憶えておいて欲しいことがあります。

 この3つの批判は乗らないのが花です。

 後ろで様子を見ているのが得策です。
 「わからない」ことの結果は予測できないからです。

 天才のやることがわかり易いとは限りません。
 むしろ分からないことを発見したり、表現したりするのが天才です。


つい今しがた気づいた追記。アリエッティのネタバレ注意 

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[2010/08/06 11:29] 中学生からの暗黒社会学 | トラックバック(-) | コメント(-)



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